補給を制する者はトライアスロンを制する!
ロングディスタンス、アイアンマンディスタンスのトライアスロンに挑戦するトライアスリートの悩みで一番多いのが、「補給」についてです。特に多いのが一番時間の長いバイクパートでの補給方法についてです。どうして、補給を失敗してしまうのか、体の仕組みから説明していきましょう。
「なぜ気持ち悪くなってしまうのか?」
運動中は、エネルギーと酸素を供給するため、心拍数を高めて血液をたくさん循環させています。運動中ですから、当然、胃腸への血液配分
は低くなります。そんな状態でも、長時間に渡るレースですから、エネルギーを補給し、消化しなくてはいけません。運動中は本来、胃腸が活動するのに適していない状態であることを頭に入れておきましょう。胃のサイズに対して、消化できる以上の食べ物・水分を入れてしまうことは、さらに消化能力を低下させてしまいます。
消化キャパシティを超えてしまって、消化できない食べ物や水分が胃に溜まっていると膨満感から気持ち悪くなり、吐き気をもよおします。吐いてすっきりした、という事例があるのは、胃の中に滞留していた消化できなかった食べ物や水分がなくなったからです。
「心拍数を落として胃腸にも血液が回るようにしてあげる。」
なぜ、胃の消化能力が低下し、消化できないものが胃に滞留してしまうのか。先ほども述べたように、胃への血液供給が運動中は低下しているからです。普段、食べられるものも、運動中は食べることができません。
特に初心者に気をつけてほしいのは、序盤のオーバーペースです。オーバーペースになると、胃腸に供給される血液量はさらに減り、消化能力が下がります。さらに、「胃が元気なうちに固形物を食べておけ!」という根拠のないアドバイスから、さらに胃腸の負担を大きくさせ、レースの序盤から、胃腸が悲鳴を上げるパターンをよく目にします。消化能力が低下しない程度の強度にペースを落として走ることが大切です。
「なるべく消化してもらう分量を少なくする」
さて、胃腸に供給する血液量を確保するために、オーバーペースを避ける以外に、対策はないのでしょうか?対策はあります。摂取するモノを工夫するという対策です。胃が消化できるカロリーは個人差があるものの、1時間で400kcal、水分(電解質)だと1リッターと限界があります。この400kcalと水分1リッターをなるべく小さい容量で摂取するのが胃腸にとって負担が少ない賢い方法です。具体的には、エネルギージェルのように少ない容量で高カロリーのものを摂取します。水分にエネルギー(糖質)を混ぜ込むことで、容量が増えてしまいますから、エネルギー(糖質)と水分(電解質)は別に考えます。
いずれも、1時間に許容できる目安こそありますが、1時間を使って、目安分をこまめにとることが大切です。ドカ食いは胃腸に負担をかけます。常に、胃が空に近い状態がストレスレスですので、消化スピードにあわせて少量ずつ補給するのが賢い補給です。走行中の1時間の例として、20分、40分、60分に1ショッツずつ合計約350カロリー摂取、5分、15分、25分、35分、45分、55分に6回にわけて1ボトル(750ml)の水分を摂取し、常に胃が「満タンにならないように」してみてはどうでしょうか。この際の水分はもちろん、糖質を入れず、水分と電解質(ナトリウム)のみとすることで、負担を軽減することができます。電解質(ナトリウム)の許容量についても個人差があります。エレクトロライトショッツは、自分の好みの濃度にカスタムできるので、気温や体調にあわせて濃度をチョイスしましょう。
「気持ち悪くなったどうする?」
気持ち悪くなって胃が受け付けないようになったことはありませんか?そのときには、喉ごしを求めて冷たい水をガブ飲みしたくなりますが、絶対にNGです。水のガブ飲みは、胃の膨満感を増すばかりでなく、水中毒という症状を引き起こします。これは、血中のナトリウム濃度が著しく低下して起こる(端的に説明すれば、血液が薄くなってしまう)症状で、頭痛や嘔吐、痙攣を引き起こし、ひどい場合には死に至ります。
吐いてしまったら楽になったという経験談もある通り、まず胃の中を空にすることが正解です。わざと吐くのはオススメできませんので、自力で消化が進むのを待ちましょう。その際、ペースを落として胃腸に血液を回してあげることが大切です。バイク走行中であれば、DHポジションをとるのをやめて、お腹が窮屈な姿勢にならない、楽なポジションにして回復を待ちます。胃が空になってきたなと感じたら、少量ずつ水分、エネルギーを摂取していきます。
「数字にとらわれない」
上記の数字たちは目安にすぎません。胃の消化能力はサイズによっても、当日の体調、暑さ、ペースによっても変わってきます。練習のときから、常にレースを想定した補給シュミレーションを行い、体の声を聞く能力を育てましょう。先の例は、エリート選手の実例です。彼らは、ハイスピードで走行するために、燃費も悪く、胃腸の能力値の限界近く、積極的な補給を選択せざるを得ません。それでも、基本的には補給で消費エネルギーをまかなうことは不可能です。全部をまかなえると思わずに、枯渇していくスピードを補給で抑えながらすすんでいく競技だということを理解しましょう。摂り過ぎ厳禁です。
「水分補給とナトリウム補給」
運動中の体は、汗から水分とナトリウム(塩)が失われていきます。先ほど登場した「水中毒」症状を避けるために、水分補給には、ナトリウムを含んだ水分を摂取していきます。スポーツドリンクにはナトリウムが含まれていますが、同時に糖質(果糖の場合が多い)を含んでいるものも多く、胃腸に負担がかかります。糖質はなるべく小さな容積で摂取して胃腸への負担を減らしますので、水分補給には糖質の含まれている(7〜8%)スポーツドリンクは避けるべきでしょう。
最近では、糖質がほぼ含まれていないナトリウム飲料が市販されています。また、エレクトロライトショッツなど、自分自身でナトリウム濃度をコントロールできる飲料がお勧めです。このときに気をつけてほしいのが、ナトリウムについても、取り過ぎに注意することです。ナトリウム濃度が濃いと体が許容できないことがあります。普段の練習から、ナトリウム濃度を体調によって調整できるようにしましょう。
「脱水を恐れるな」
タイトルだけを見ると恐ろしいフレーズですが、何度も述べている「水中毒」で低ナトリウム血症になると命の危険があります。脱水を恐れるあまり、運動前と運動後で体重が変わらないように、水分補給を行なうと、低ナトリウム血症になる可能性が極めて高くなります。トライアスロンのような10時間以上にわたる長時間の運動で、汗をかいた分だけ、水分を摂取することは、胃腸のキャパシティからも不可能だと認識してください。胃が一時間に消化できる水分は、個人差がありますが、1リッターがいいところでしょう。湿度の高い夏場のトライアスロンでは、1時間に2リッター近く汗をかきます。(これも個人差があるので、練習の前後で体重をはかってどのくらいの強度で、どのくらい汗をかくのか検証しておくとよいでしょう。その際は衣服に汗が吸収されているので、水着などに着替えて体重計にのるといいですね。)失った2リッターの汗の分の水分を同じ時間で摂取するのは不可能です。
つまりトライアスロンは、スタート時からフィニッシュ後の体重は減少して当然のスポーツです。決して脱水症状を軽んじているわけではありません。それよりも水分の取り過ぎによる水中毒を注意してほしい、ということです。JOCのガイドラインでは、体重の減少率を2%を脱水と定義していますが、ロングのトライアスロンで2%に抑える事は現実的ではありません。5%くらいの体重減少はザラにあります。脱水は免れないものなのです。また、マラソン競技において4%程度の脱水については、競技パフォーマンスに影響がなかったという論文も発表されています。
まとめ
補給戦略の結論としては、上記を十分に理解し、胃腸の声をよく聞く事が大切ということです。各補給食メーカーの謳っているアイアンマンに必要な補給食の量や、タイミングなどは、個人差があることを忘れずに。上記の原則を守って走れば、大崩れはありません!
by KD